「中国の日本批判を退けることができる、これ大きなメリットじゃないですか。このメリットは考慮に入れなかったってことですか?」
小泉進次郎 於:11/10 衆院予算委員会
1.尖閣ビデオを戦略の7階層で分類する
11月10日の衆院予算委員会は、荒れた始まりだった。
当初与党側がNHKのテレビ中継を用意しなかったことに対して、野党側が猛反発。結局、11時から中継することになり、30分遅れでスタートした。
特に、午後の質問では、小泉進次郎議員の尖閣ビデオ流出問題に関する歯切れのよい質問で、終始、菅首相と仙谷官房長官を攻め立てていたのだけれど、どうにも質問と答弁とが噛み合わない印象は拭えなかった。
何故かと考えているうちに、これは、質問の戦略レベルにズレがあったからではないかと思えたので、この点に着目して考えてみたい。
質問の戦略レベルとは何を指しているのかいうと、どこまで全体構想や大戦略を元に今回の尖閣ビデオの問題を捉えているかという観点。
以前「世界観のない日本」のエントリーで、戦略の7階層の紹介をしたことがあるのだけれど、この戦略の7階層という視点は、物事をどのマクロレベルで捉えているのかを考えるのに適切かもしれないと思えたので、これを元にして考えてみたい。
戦略の7階層とは地政学で用いられる考え方のひとつで、上から「世界観」「政策」「軍事戦略」「大戦略」「作戦」「戦術」「技術」の7階層から成り、上位の層が下位の層を規定する構造を持っている。
以下にそれぞれの層の概念レベルを列挙する。
世界観 :「日本とは何者か、どんな役割があるのか」
↓
政策 :「だから、こうしよう」
↓
大戦略 :「国家の資源をどう使うか」
↓
軍事戦略:「いまある軍の力でどう勝つか」
↓
作戦 :「いつ、どこで戦いをするのか」
↓
戦術 :「勝つためにどう戦うか」
↓
技術 :「勝つためにどのような技術を使うか」
これを、尖閣ビデオの問題レベルを当てはめると、次のようになろうかと思われる。
世界観 :「日本とは何者か、どんな役割があるのか」
↓
政策 :「だから、中国に対する外交戦略はこうしよう」
↓
大戦略 :「尖閣ビデオをどう(外交的に)使うべきか」
↓
軍事戦略:「いまある尖閣ビデオを、どう勝利(国益)に結びつけるべきか」
↓
作戦 :「いつ、どこでビデオを公開又は非公開するのか」
↓
戦術 :「勝つためにどう公開/非公開するか」
↓
技術 :「勝つためにどのような媒体(マスコミ、ネットその他)を使うか」
このように、戦略の7階層に位置づけながら、質問の内容を確認することで、質問者および回答者の意図がある程度明確になってくるのではないかと思われる。
2.戦略の上位階層で質問している進次郎議員
さて、この問題レベルの定義に基づいて、進次郎議員の質問と菅首相及び仙石官房長官の答弁それぞれの戦略階層が何処に位置づけられるかを考えてみる。
進次郎議員の質問の中から、
A.ビデオをもっと早く公開すべきだと思いませんか?
B.公開するメリット、公開しないメリットはなんですか?
C.中国の主張を退けることは国益ではないか?
の3点に絞って考えてみる。おそらく進次郎議員の質問は、それぞれ次の階層に割り当てられると思われる。
A.ビデオをどう扱うべきかを問うている=「大戦略」レベル。
B.ビデオをどう国益に結びつけるかを問うている=「軍事戦略」レベル。
C.中国の主張を退けることは国益ではないかと問うている=「政策」レベル。
と、このように進次郎議員は戦略の7階層のうち2番目から4番目までの比較的上の階層の質問をしているといえる。
これに対して、菅首相はAとCについて答えているのだけれど、その戦略の階層は次のとおりになると思う。
菅首相の答弁
A.進次郎議員:ビデオをもっと早く公開すべきだと思いませんか?(大戦略)
「一定の手続き抜きで公開することにはならないし、手続き抜きで公開すべきではない」
→ 公開の方法について述べているだけ=「戦術」レベル
C.進次郎議員:中国の主張を退けることは国益ではないか?(政策)
「(この間の限定公開も)国会の皆が公開すべきだとし、正式な手続きをとったから、法律に基づいて公開した」
→ 公開の手続きについて述べているだけ=「戦術」レベル
と、進次郎議員が1については、戦略の階層の上から3番目の「大戦略」レベル、3については、上から2番目の「政策」レベルで質問しているのに対して、菅首相は戦略の7階層の下から2番目の「戦術」レベルで回答している。
これでは話が噛み合う訳がない。進次郎議員が「摩り替えの議論は止めて下さい」というのもむべなるかな。
政治家たるもの、国政は高所高所から判断すべきものである筈。
だから、政治家は、戦略の階層の一番上の「世界観」から入って、必要に応じて、その内容の階層を下げるにしても、せめて4番目の「軍事戦略」の階層くらいまでに留めるべきであって、其処から下の階層は役人に考えて貰うべきものだと思う。
ましてや、一国の首相ともなれば、尚更のこと。いくらなんでも、首相が、戦術レベルの答弁をするのは情けないと思わないのか。
3.戦略の階層だけは合わせて答弁する仙谷官房長官
それを考えると、仙谷官房長官の答弁は、まだ、戦略の階層だけは合わせていると言える。
仙谷官房長官は進次郎議員の質問のBとCについて答えている。その内容は次のとおり。
仙谷官房長官の答弁
B.進次郎議員:公開するメリット、公開しないメリットはなんですか?(軍事戦略)
「情報公開すべきものと、そうでないものがある」
→国益に繋げるためには、情報公開の取捨選択の必要があると答えている=「軍事戦略」レベル
但し、進次郎議員のメリット、デメリットの質問に直接答えているわけではない。
C.進次郎議員:中国の主張を退けることは国益ではないか?(政策)
「これは、法廷で白黒つける問題ではない。現時点で中国の主張を退けることが出来るメリットよりデメリットが大きいと総合的に判断した」
→中国の主張を退けることは国益にはならないと答えている=「政策」レベル
と、まぁ、確かに、空き菅殿と較べれば、仙谷氏のほうが、質問のレベルに合わせた回答をしているとはいえる。だけど、回答の内容の是非はまた別の話。
仙谷官房長官は、進次郎議員にデメリットか何かと問われて、メディアがビジネスの為に政権に批判的になるのがデメリットと答えていた。だけど、それは政権に対するデメリットであって、国に対するデメリットではないから、答えにはなっていない。
尤も、それ前の答弁で、最大のデメリットは、犯罪組成物件を公開することにお墨付きを与えることになる、と答えているから、そちらの方が、中国の主張を退けることよりもメリットが大きいと判断している可能性はある。
いずれにせよ、仙谷氏の回答は、中国の主張を退けることは日本の国益にならない、すなわち、「中国の主張を受け入れる」ことが日本の国益になる、と考えていることになる。
これは、一体、どういうことなのか、今後、もっと突っ込むべき点かと思われる。
ただ、このCの回答をする前に、仙谷氏は「個人的色彩が強い」などと枕詞をつけている。これは政府見解とは違うよ、という予防線を張っていて、逃げ道を作っているとも言える。
4.世界観から質問せよ
これに限らず、仙谷氏の国会答弁を聞いていると、答弁のところどころで、こうした「個人的見解」なるものを持ち出す傾向があるように見受けられる。
流石に、影の総理とも言われる、仙谷氏であっても、自分の個人的見解を「政府見解」とするのは拙いという認識くらいはあるのかもしれない。
だから、今の政権を少しでもマトモにしたいと思ったら、特に仙石官房長官に対しては、質問者は「政府見解をお答えください」と必ず付け加え、彼の個人的見解なるものを喋らせないようにしたほうがいいかもしれない。
その上で、更に、戦略の階層の一番上、すなわち「世界観」の質問を最初にぶつけ、外堀を埋めてから、下の階層の質問をするのが良いように思われる。
例えば、今回の問題であれば、
「日本は自由貿易体制を堅持する国であると思いますか。政府見解をお答えください。」とか、「他国の巡視船にぶつけてくるような危険な行為を許すと、自由貿易体制はどうなると思いますか。政府見解としてお答えください。」
という具合に、世界観レベルで、まず、日本の立ち位置を規定してしまえばいい。
そうすれば、そのあとに政策や大戦略レベルの質問をしたとしても、「中国の主張を退けることは、日本の国益にならない」なんて答えが出てくるはずがない。
また、それとは逆に、今の政権の危うさ加減を炙り出したいと思うのであれば、仙谷氏の「世界観」を話させるようにすればいい。
たとえば、「これからの世界で、日本は如何なる世界貢献をなすべきと思いますか」とか、「自由主義貿易体制を今後も維持していくべきだと思いますか」とか。
そうすれば、仙谷氏が、どちらの方向を向いて政治をしようとしているかが明らかになってくると思う。
菅首相は・・・、失礼な言い方だけれど、おそらく世界観の話など期待しても無駄だと思われるので、相手にする必要はないだろう。菅首相には、普通に答弁して貰うだけで、その駄目さ加減は明らかになる。
”- http://kotobukibune.at.webry.info/201011/article_12.html (via youcean)