最初にこの店に来たときは岩澤と二人きりで(スパンクスのリハスタジオの近所なのだ)、僕等のテーブルに着いたカメリエール(給仕)君は、まだ若 く、洒落っ気溢れるチャーミングな男だった。僕等の注文を聞いている間に、岩澤に向かって(彼は、注文をしている僕ではなく、黙って聞いている岩澤に視線 を固定していた)ずっと冗談を飛ばしていたので、彼が隣のテーブルに移った後に岩澤に「キミとレストランに来ると給仕君の機嫌が良くなるので有り難いね」 と苦笑しながら言うと彼は何と、隣のテーブル(しかも注文中にだ!)から振り返って「その通りで御座います。お客様!」と、ニンマリしながら言い、あまつ さえ勘定の時に岩澤がリップクリームを落とすと、飛んできてそれを拾い「お勘定は結構で御座います。その代わりにどうかこれを下さい」と言って、岩澤に冷 凍視殺光線を浴びせられていた。
岩澤とレストランに来ると必ず何か有る。渋谷のイタリアンレストランで、給仕の女の子が岩澤を追いかけて食後にフラフラと外まで出てきてしまった 事もあった。「どうしたの?勘定は済ませたけど」と僕が言うと、彼女は熱に浮かされた様子で「・・あの・・すごくお綺麗で・・肌も・・肌とかもすご く・・」と言いながら岩澤に近づいて触れようとし、冷凍刺殺光線の笑顔バージョンを浴びせられていたが、この日の岩澤は赤を飲み過ぎた癖に肌全体がロゼに 染まって途中で髪も下ろしてしまい、僕でさえ危険を感じる程の最高にして最凶の仕上がりになっていたので、仕方がないとも言える。僕が、岩澤がステージや スタジオよりも密室でより最強である事を確認し、苦笑と共にハードルのリストに加えた日だ。
渋谷でタイスキを食べていた時に、突如隣の席のサラリーマン氏が「あの、ティポグラフィカの菊地さんですよね」と言って話しかけてきた事もあっ た。この時の岩澤は、ティポグラフィカ言われるわ、脇にどけられるわで、今までで最強最悪の冷凍刺殺光線をすごい勢いで彼に浴びせ続けた。僕は、彼が喋っ ている途中で死んでしまうんじゃないかと心配になりながらにこにこしていたが、彼は不死身で、岩澤は殺害に失敗した事を振り切るかのように食べまくった。 殺害を狙っている間も、殺害に失敗した瞬間も岩澤は通常より何割か美しかった。
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