うちの父親は酒場のピアニストだ。芸名はオスカー角。オスカーピーターソンを好きだから。
(--けして実験人形ダミーオスカーではない、と信じたい。でも、ウチの書棚にはダミーオスカーが揃ってる。)
父が弾きたいのはジャズだ。でも、リクエストがあればなんでも弾く。毎年[ヒットソング4000]という楽譜集が出ていて、それを父はすべて暗記している。あゆでも宇多田でもモー娘。でも弾ける。父いわく、「言われた曲はなんでも弾ける、そうでないとプロのサービス業ではない」
。
酒場だ。酔っ払いは無茶を言う。「おい、ラジオ体操を弾いてくれよ!」
父は断らない。笑顔で、丁寧にラジオ体操を弾く。客は笑う。「ほんとに弾きやがったよ! いいねー」
。
それで御代をもらう。その御代で私は育てられた。
高校1年のとき、父に言われて、ホストクラブの現場を裏から見せてもらった。父らのバンドがビートルズを弾く。女性客は1人も聞いていない。みな、ホストとのおしゃべりに夢中だ。
それでいい。父たちはBGMを弾いているのだから。
なんとなくみなが知っている曲を、いい雰囲気で提供する。それで御代をもらう。その御代で私は育てられた。
胸を張っていう。ウチの父はプロのサービス業だ。
もちろん、サービス業に芸術性がないかといえば、当然そんなことはない。ウチの父のピアノは巧い。同じピアノを私が弾いても、子供の遊びの音しか出ない。父が弾くと、音の広がりがぜんぜん違う。
(なので私は、幼少から「いい機材を持てば、自分も巧い音楽が演奏できる」
とか「いい写真が撮れる」
という幻想を抱いたことがない。)
しかし、お客さんは父の芸術性に御代を払っているのではない。いいBGMを提供したこと、指定した曲をきちんと弾いたこと、その技術に御代を払っている。
その演奏がヘタであれば、芸術性が皆無であれば、御代はもらえない。
しかし、芸術性を押し付けるようであれば、それこそ御代はもらえない。サービス業だからだ。
胸を張っていう。ウチの父はプロのサービス業だ。サービス業は立派な仕事だ。
”- 【ネコとか唄とかそんなもの。】 (via atorioum)